スペインはモトリルからグラナダへ


モトリルはスペイン南部、地中海に面するローマ時代以来の町、港から中心街までシャトルバスで15分ほど、そこから徒歩で1Kmでバスターミナルがあると云う。ここからグラナダに向かうことにする。交差点がサークルになっているので、直角に曲がるに道を間違えてしまう。少し聞きたどり着く。

ターミナルではPBの面々でごった返し窓口は長蛇の列、自販機で試みるが打ち込み項目が不備で結局窓口でグラナダまで往復券を購入、1時間に1本しかないバスになんとか乗り込み一安心。バスは新しくWIFIサービスが整っており、早速LINEで送信。インターもサークルになってバスは大きく回転してうねる様に曲がっていく。バスは何か所か一般道に降りバス停に止る。山並に風力発電塔が何本も見える。

1時間半弱でグラナダに到着。Nの勝手知ったる所というので楽しみだ。歩きの出発点、噴水に囲まれたイサベル・ラ・カトリカ広場から始まる。周りを見ると大きなドームがビルの隙間に見えるのが王室礼拝堂で、腹ごしらえでその脇の市場で椅子と小さなテーブルが店前にある肉屋で、こんなところで何を出すのだろうかと覗いていたら、主人が簡単な食事ならあるよと言う。肉屋は色々なナイフで肉をさばくが、その場でどのナイフを使ったのか、ドングリで育った豚の足を剥いだ生ハム、ハモンセラーノ、のサンドと赤ワインを頂く。ちょっと塩が強いが、固いパンとの相性は良かった。地元の婦人が何やら肉を選んでその場でミンチにしてもらい買っていった。

イスラム時代からこのようにしてスパイスが売られていたのだろうか、籠の底の物と上の物がどう違うのか、カビることは無いのかとか、埃は被らないのか、いつもそう思いながら通り過ぎる。

カテドナルの立派な外観を見学、案内の音声ガイドを手渡され堂内に入る。ステンドグラスやパイプオルガンが堂々としていた。のんびりする暇はない。アルハンブラ宮殿に向かう。


適当に方向を定めて路地を進みゴメス坂の中ほどに出てしまった。行き当たりばったりの無駄歩きの始まりだ。少し戻ってギター工房を数軒窓からのぞみ込みギターの臭いを嗅いだ。坂道が続き、左手にアルハンブラ宮殿を見ながら宮殿の壁側に流れる沢の音を聞き、木立の中を進み、トイレストップとレストランに寄るが、給仕が忙しくて相手にできないらしくトイレのただ乗りで、さらに奥に進む。

世界遺産となった宮殿は予約しないと入れなくなってしまったそうで一見の客おことわりになってしまった。大勢の人が押し寄せてくるのだ。壁側から滝のように水が噴き出しており、きっと庭園の噴水や池から水が流れ出ているのだろうと、砂漠の民が貴重な水を湯水のごとく贅沢に使いたかったのか王の気持ちが分かったような気がした。たくさんの人が散策している。外壁周回路を回り込み沢を渡りサクロモンテ方面に向かう。この沢の岸辺で女性がフラメンコギターの練習をしていた。


どこに向かうかって、そう洞窟博物館だ。車道から外れて白い家並みの狭い道を進むとフラメンコギターの学校があった。さすがフラメンコの本場だ、怖そうなおじさんがいたので声がかけられなかった。

喘ぎながら坂を登り詰めるとやっと洞窟博物館が現れた。山の斜面を掘りぬいて石灰の壁か、白く太陽からの直射熱を防ぎ暑さ寒さを和らげる洞穴の家屋。実際はどうだか分からないが、ここでは居住空間や作業場所や保管場所が一つづつ分かれており生活の様子が展示されていた。


やっと下り路に入る。斜めに降り、花に飾られ白い住居に、赤や青の花が咲いた庭の家を見ながらサン・ニコラス展望台に到着。赤いというアルハンブラ宮殿は赤くは感じないが、見下ろす。遠くシェラ・ネバダ山脈には残雪が横長に蚕のように白く残り日本の山とは趣が違っていた。続々とPBのツアー客が集まり賑やかになり退散。コンビニでアルハンブラビールで喉を潤し、丘を下りヌエバ広場を目指すが、Nは広場がないと言う。ポリスに聞くと「ここがヌエバ広場だよ、ここが」 Nが訪れたのは云十年前、世は変わったのだ。木陰のベンチでしばらく休息、ハトが2羽いたので昼の残りのパンをちぎってやる。1羽は片足が曲がり奇形で、もう1羽は片足がなく、どうしたものか心配した。スズメも寄ってきたので、パンをちぎって食べさせた。

夕食の話はNにタッチ。、、、云十年前に数回利用したバルに入る。前は夜8時ごろ食べていたので 満員の盛況だったが夕方6時はテーブル席に4組程、赤ワイン(タパス付き)と 好物のガスパッチョをオーダー、前に食べられなかったキノコの炒めを頼んだが今回も無し、種々の野菜サラダ、チーズを頼んだが 量が半端じゃない。お腹一杯になりパンとチーズは持ち帰り。、、、

後日、腹が減ったので食べたが、パンはしっかりとして噛み応えがあり、船内の皆さんは美味しいというべちゃパンとは雲泥の差、このチーズとパンで満足。

帰りのバス時間が迫ってきたが、2Kmぐらい先なので歩いてみたが思うように方向が定まらない。途中で皆が水を飲んでいるので、何やら有名な水場らしい、冷たすぎることなく冷えていて暑さの中での散策に潤いを与えてくれた。バスステーションの方向と時間を聞くと、男性は歩いて20分ぐらいと言い、女性は遠いからバスがいいと言い、そのバスが目の前に来たので飛び乗り、やっぱりバスで良かった。道が分かりにくかった。

帰りのバスのターミナル番号が掲示板の表示と係員の指示とは違い右往左往させられ、結局掲示板道理で無事乗車。帰り道はなんだか回り道をしているようで2時間近くかかり、ターミナル着は10時過ぎ、自由行動の若者たちと元来た道を急ぎ、船行きシャトルバスに乗り込んだ。モトリルの町は見ることはできなかった。まあ、大変に疲れた一日だった。自由行動の楽しさはすべて自己責任だ。船はタンジェに向かい深夜に出航。

翌日、水にも肉にも当たらず正常だった。