(1/31 ナミブ砂漠観光)

ケープタウンで一晩足止めを食った船は順調な航海を続け1月31日ナミビアのウォルビスベイ港に無事到着、午前5時に入港接岸するはずだが、埠頭を前にして接岸しない。船上から町を眺めると街路の先に薄茶の砂漠らしき土が広がっている。突然電灯が一瞬消え、しばらくして又消え、すぐに復帰したものの何か異常が発生したらしい。船長からの連絡、レギュレータが故障のため接岸が遅れますとのこと、ケープタウンの遅れを取り戻すため今日の観光は短縮バージョンに変更されたにもかかわらず、さらなる変更か取り止めかやきもきしていた。なんとか45分遅れで接岸、ナミブ砂漠観光は7時半出発12時15分帰船ということになった。

途中トイレストップが無いツアー、早朝6時に水分を控えての食事を終え、ツアー参加者は集合、5台のバスに乗り込み弾丸観光に出発。ここも車は左、5分も走れば砂漠の中、アスファルトか舗装された制限時速100Kmの道を急ぐ。見渡す限りベージュの平原、どこまで走ったのだろうか突然砂丘が現われ、バスは砂丘の麓に到着、砂丘の山に登る。時間がないので、皆直登コースで登攀、細かい砂が踏み込んでもずるずると沈み込み、裸足になる者、四つん這いになる者、かなり苦しい登り、尾根筋までもがき苦しみ登りつめ落ち着いて景色を見る間もなく滑り降り靴に詰まった砂を掻き落とし制限時間ぎりぎりで座席に着く。まさに弾丸ツアー、元気すぎる老人達は一人を除いて、いともたやすくこなしている。その一人がのんびりして遅れ、最後尾出発。

バスはしばらく舗装道路を走り、突然コトゴトしたダートを走る、2千年の寿命を持つ植物ウェルウィッチアを見に行く。砂地ではなく砂利が浮いている地面だ。今は雨季僅かながらも雨が降ったと思われるような水の流れが見られる。この植物は深い根を張り僅かな水分を吸収している為、根を痛めないように小石で周りを囲っている。

さて次の訪問地は、バスは砂漠から離れてごつごつとした岩山の荒れ果てた景色のところに着いた。ここは映画猿の惑星のロケ地になったというマグマが噴出したムーンランドスケープと言う。ナミブ砂漠はウラン鉱石、チタン、ダイヤモンド、レアメタルなど地下資源に恵まれている。難破した船がやっとの思いでたどり着いた海岸は草木も無い砂漠で緑は遥か彼方、ここで漂流者は朽ちてしまう骸骨海岸という海岸線に沿ってひた走り、刻々と帰船時刻が迫って来ているが、バスはスワコプムンド中心地で休憩、皆トイレを求めて散らばる。日曜日のため開店している店が少ないが、なんとかカフェで用を足し、時間が無いもののゆったりとした気分で出店の土産物屋で買い物、余ったランド札を消化、また同じ人が行方知れず、添乗員は右往左往、最後尾で帰船時より多少遅れて無事乗船、充実過ぎるハイテンポのツアーだった。

乗客は下船しいた仲間に別れを惜しみ、Kはリクエストに答えてブブゼラを吹き悪乗り、少しは上達したようだが恥をさらした。オセアニック号は朝の出来事が無かったかのように静かに出港、狭い航路をパイロット船に誘導され南アメリカ・リオデジャネイロに向かって大西洋を西進、寒流のため風が強く肌寒い、甲板は18℃湿度80%、少し揺れを感じるがすこぶる快調。(K記)

1・31から2・8リオまで一週間海の上ですので今回は船内生活について記述します。今日(2月6日)船時刻11:40pm気温28.5℃湿度38% 日本は2・7(日)9:40pm。そして今日又24時に一時間遅らせるので時差が11時間になる。*船の位置(正午現在)緯度24度31.6’S、経度030度44.0’S、次寄港地リオデジャネイロ、水深4127m、前寄港地から本日正午までの航海距離2484nm’S(海里)、次の寄港地までの距離697nm'S,横浜からの走行距離12823.46nm'S,船のスピード16.92kts(ノット)、気象情報・気温34℃海水温27℃。・・・毎日正午過ぎにこのような情報が張り出される。

68回南回りの旅 乗船人数498人(ブエノスアイレスから80名近く乗船)クルー285人(インドネシア人クルーに聞いたところインドネシア人が約200人いるとのこと)機関士など動力関係はウクライナ、ロシアの人たちか。 乗船者年齢100歳1人、90歳台3人、80歳台26人、60〜70歳台169人、それ以下の中年若者が約300人。車椅子1人、杖ついている人15人位(最初杖ついて歩いていた人が杖なしで歩いている人も見受けます)老若男女兎に角朝早くから甲板を歩いています。

毎日船内新聞が前日の夜8時に発行され翌日の予定表を見て一日のプログラムが前日に判ります。日の出、日の入りの時刻が記載されているので翌日の起床時間を確認。(Nはこれまで40日間に3回日の出見たが、Kは一回意を決して起き甲板に出たら曇り。未だ日の出にお目にかかれない)***Kから訂正がはいりました。「南十字座を確認する為に朝4時に起きたから見たぞ」と。西進の為時差が一日ごとにあり、新聞に日の出、日の入り時刻を間違えて記載し20人くらいの日の出ワッチャー非難ごうごうが4日位あった。

6:30−7:00モーニングコーヒー、7:00−9:00朝食(ビュッフェ)11:30−13:30昼食(ビュッフェ)、これら各自皿に取り分け終わるとウエイターがお盆を持って席に案内してくれる15:00−16:00アフタヌーンティーケーキ付き、17:00−19:30夕食(一皿一皿サーブしてくれるセットメニュー)入り口で席に案内してくれる。故にその時その時6人テーブルの面々が違い 食事時顔合わせが出来話が弾む。時には殆ど話さない孤独を楽しむ人数人あり。そうそう朝食に納豆が出る。納豆が食べられるなんて!と喜んでいる人多し。その納豆なんと桶川市加納の日東食品の製品だった!!!こんな所で桶川に出会えて皆に「この納豆、家の側なの」と会う人事に宣伝。ちょっぴり嬉しい。

トイレは一畳位で流れよし。洗面所一畳、シャワールーム(洗面所とガラスで半分仕切られている。お湯は直ぐに出ることもあるが3,4分掛かることもある。節水をうたってあるのに その時水を出しっぱなししているのが心苦しい、が致し方ない、風邪をひいても困るので。シャワーの湯量は充分で我が家のとは比べものにならない。タオル類は毎日変えても良いが我々は3日毎にしている。

シーツ交換は2〜3日とのこと。洗濯物を洗面所に干しているが朝には乾いている。下着もシャツも2枚あればOKだった。二人にしては部屋は充分広い。しかし窓がないので朝目が覚めたとき晴れているのか曇りか判断できず食堂(6階)又は8階の甲板まで行かなくては判らない。

我々の部屋は5階。4階から船室になっているが 今回のように乗船客が少ないと4階は使用していない。5階にレセプション、診察室、そして昇降口、6階にレストラン、7階には美容室、英語会話とスペイン語会話の教室(有料)、8階は全員が入れる大ホール、図書スペース、色々に使えるフリースペース、会議場、バーが二つ、台が2面ある卓球室、9階は船室、甲板にはジャグジー、10階には天井開閉型のプール、居酒屋波へい(夜中の2時までオープン・アルコール類、飲み物、豆腐やらラーメンやら)・ここは昼の間唯一前方が見える場所、外にはネットでカバーされたスポーツ広場・・ここでミニサッカー、テニス等やっている。たまにエイサーにも使用した。この続きは又。何か聞きたい事があればメールして。明日は朝7時にリオデジャネイロに入港。(N記)

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